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福岡地方裁判所小倉支部 平成8年(フ)769号 決定 1997年1月17日

主文

債務者を破産者とする。

理由

一  事案の概要

一件記録によれば、以下の事実が認められる。

1  債権者(旧商号・株式会社クラウンファイナンス)は、株式会社ティー・オー・ジー(以下「ティー・オー・ジー」という。)に対して、平成二年八月一〇日、利息を年一〇パーセント(三ケ月毎の前払い。なお、利率は一般金融情勢により変更可能。)、弁剤期を平成一二年八月九日、遅延損害金を年一八パーセントと定めて二〇億円(以下、「本件貸金」という。)を貸し付けた(なお、期限の利益喪失事由として、「元金もしくは利息を約定弁済期日までに支払はないとき」等の定めがある。)。ティー・オー・ジーは、本件貸金債務につき、債権者のため、自己所有の不動産(黄金の物件。一部は申立外岡本佳海こと朴柱玉との共有である。)に対して極度額二四億円、順位一番の抵当権を設定した。

債権者は、株式会社三和銀行(以下「三和銀行」という。)に対する自己の債務を担保するため、平成三年七月二日、三和銀行に対して、直接ティー・オー・ジーから取立てできるとの約定の下に本件貸金債権につき債権質を設定するとともに、同月三日、前記根抵当権に転根抵当権を設定した。

2  債務者は、ティー・オー・ジーのパチンコ部門が独立した法人であるが、平成四年二月二一日、債権者との間で免責的債務引受契約を締結し(三和銀行がこれに異議を唱えた節は証拠上うかがえない。)、ティー・オー・ジーの債権者に対する本件貸金債務を全面的に引き受けた。その際、本件貸金の元金の支払(弁済期)は、「平成一二年八月九日一括弁済」であったものが、以後、「毎月二五日限り五〇〇万円宛ての分割払い、残額全部を右弁済期日に一括支払う」との約定に変更された(利息は従前通り三ケ月毎前払いのままである。)。

3  債務者は、四店舗のパチンコ店(本店所在地の「新世紀」、小倉北区砂津の「月世界パチンコ」、同区京町の「新世紀中銀通り店」及び遠賀郡遠賀町の「パーラー新世紀」の四店舗)を経営し、このうち本店の「新世紀」及び遠賀町の「パーラー新世紀」を自社物件としていた(但し、本店所在地にある「新世紀」の敷地の一部は前記1にみたとおり朴柱玉との共有であり、遠賀町の「パーラー新世紀」は株式会社シー・エル・シー・エンタープライズのため根抵当権が設定されている。)が、他はティー・オー・ジーからの賃借物件であった。

債務者は、ティー・オー・ジーの本件貸金債務を免責的に債務引受した後、当初の二か月間は約定どおり元金(月五〇〇万円宛て)の支払を履行したが、その後は本件貸金の利息及び元金の支払を怠るようになり、平成七年一一月二七日時点の遅滞額は元本二億二〇〇〇万円、利息七億七二〇四万円余に達していた。

4  債務者の平成七年六月期の損益計算書によれば、債務者の同期の営業利益は約一億四九五六万円、経常利益は約八一五三万円であり、同期の貸借対照表によれば、債務者は約四一億一二二七万円の資産を有し、このうち土地、建物の簿価は約三〇億五一三〇万円である(債務者は、これらの土地、建物のうち遠賀町所在の物件を除いて、債権者に対し前記根抵当権を設定している。)。しかし、右物件についての秀島鑑定人による評価額は一九億三五〇〇万円にすぎない(このうち、前記根抵当権対象分は七億三五〇〇万円であり、右根抵当権の対象である朴柱玉の土地持分の評価額は二億六五〇〇万円である。)。

5  右土地、建物の簿価と評価額との差額を前記資産額から控除した額(二九億九五九七万円)は、当時の債務者の現有資産として実価に近い数値と考えられる。

他方、前記貸借対照表によれば、債務者の同期(平成七年六月期)の負債は約四二億〇四七五万円であり、これに本件貸金の平成五年四月一日以降の未計上金利を加えれば、その負債総額は平成八年七月時点で最小限に見積もっても四八億円を下らない。

二  債務超過の有無

1  以上の認定によると、債務者は、すでに平成七年六月期時点で負債の額(約四二億〇四七五万円)が資産の額(二九億九五九七万円)を大幅に超過していたものと認められる。

2  ところで、法人の破産原因たる債務超過(其ノ財産ヲ以テ債務ヲ完済スルコト能ハサル場合……破産法一二七条)とは、単なる資本欠損を意味するのではなく、当該法人の負債(履行期未到来分を含む)が資産を上回る状態を指すものと解されるところ、その判断に当たっては、特に本件のごとき債権者申立の破産事件では(債務者は、後記認定のとおり債権質権者である三和銀行に対して右時点以降も一定額の弁済を継続し、三和銀行もこれを受領し続けているほか、営業を現に継続しているものであって、本申立に対し自らが破産状態にあることを強く争っている。)、当該法人の所有財産の処分価額(清算価額)のみでなく、これに加えて継続企業価額をも考慮に入れ、そのいずれか高額な方を基準にして資産と負債の額を比較検討し、もって当該法人の債務超過の有無を判定すべきものと解するのが相当である。

当裁判所は、かかる見地から、本決定時から出来るだけ近接した時点における債務者の資産及び負債の状況を新たに川辺・藤原両名に鑑定依頼した(以下、その鑑定結果を「川辺・藤原鑑定」という。)。

その結果を次に要約する。

3  川辺・藤原鑑定

(一)  清算価額

同鑑定によれば、債務者の鑑定時点(平成八年一〇月末日現在)における清算価額は、①営業用財産を個別に処分することを想定すれば、詳細に算定するまでもなく債務超過に当たる、②秀島鑑定による評価に依拠した場合、本件貸金債務の未払金利を最小限に見積もっても約一五億円の債務超過を生じる、③債務者の営業継続を前提にした第三者への営業権の譲渡価格を最大限に見積もっても、これまでの未払金利を考慮すれば債務超過を生じる、というものである。前記二1に認定した平成七年六月時点における債務者の債務超過の事実は、これらの鑑定結果と一致するものといえる。

(二)  継続企業価額

同鑑定によれば、債務者の鑑定時点(平成八年一〇月末日現在)における継続企業価額(ゴーイング・コンサーン・ヴァリュー)は、ディスカウント・キャッシュ・フロー(DCF法)に基づき、「キャッシュ・フローの現在価値(CFP)+非事業用資産―有利子負債」の式を用いて算定した場合、結論的にいえば、未払金利の利率により最大で約四七億円、最小に見積もっても約一七億円の資産価値を認めることができる(すなわち、資産がもはや負債を填補し得ない、とはいえない。)、というものである。これは、債務者の予想収支計算書(同鑑定別紙資料二号)に基づく算定であるが、同鑑定によれば、予想収支計算書の前提とする条件(債務者の売上高の伸び率を年1.5%とし、売上総利益率は過年度の実績値によることとし、人件費の上昇率は年率1.5%とする等の条件。)は債務者の従前の営業実績、あるいはパチンコ業界の一般的な予想利益率などに照らして信頼に値するものと評価されている。もっとも、同鑑定の採るDCF法は、収益還元法の一種であり、企業が将来生み出すであろうキャッシュ・フローの現時点における価値を当該企業の継続価値として把握する方法であるところ、本件のような、債務者が営業活動を継続しており、かつ、その収益の中から本件貸金債権の質権者である三和銀行に対して一定額の弁済を続けている状況(三和銀行もこれを受領している状況)においては、かかるDCF法により算出した継続企業価値を参考にすることは十分に意義があるものと思われる。

4  以上によれば、債務者の資産と負債の状況は、平成八年一〇月末時点で見る限り、清算価値において債務超過であるものの。継続企業価額を見ればいまだ資産が負債を填補し得ない状況にあるとは断定し得ず、結局のところ、右時点では、債務者に前記二2の見地からする債務超過の事実を認めることはできない。

三  支払停止ないし支払不能の有無

ここで、債務者の三和銀行(本件貸金債権の質権者である。)に対する支払状況を見ておく。

1  一件記録によると、債務者は、前記一3に認定のとおり、平成七年一一月二七日時点ですでに三和銀行に対し元本二億二〇〇〇万円、利息七億七二四〇万円余の遅滞を生じていたところ、その後、同年一二月から毎月八〇〇万円宛て、平成八年九月に二〇〇〇万円、同年一〇月以降も毎月九〇〇万円宛て(なお、平成九年一月以降は毎月一〇〇〇万円宛て支払う予定である。)を返済し続けており、三和銀行はこれらをすべて本件貸金の元金に充当している(その結果、本件貸金の平成八年一二月二〇日現在の残元本は一八億八〇〇〇万円にまで減少している。)ことが認められる。これらの支払が、前記川辺・藤原鑑定において債務者の継続企業価額の算定に際し有利な資料となったことは否定できない。

2  ところで、一件記録によると、ティー・オー・ジーの本件貸金債務を免責的に引き受けた債務者は、当初の二か月間こそ約定に従い元金の支払を履行したが、その後は平成七年一一月まで元金の支払をせず、また、利息については平成五年二月二一日当時の遅滞分(合計一億五七七七万一五六〇円)を一括弁済したものの、その後の分は今日に至るもその支払をした形跡が認められないのである。

債務者の右不払の理由として、ティー・オー・ジーの債権者(北陸銀行・南日本銀行)による本件貸金債権に対する仮差押えの競合の事実を挙げることができるが、これらをもって債務者がその支払拒絶を正当化できるものではなく(なぜなら、債務者は質権者である三和銀行に対して支払を行うか、あるいは供託の方法によって右遅滞を免れることができたと考えられるからである。)、他に右不払について合理的な説明をうかがわせる証拠はない。したがって、債務者は、本件貸金についてすでに期限の利益を喪失して履行遅滞の状況にあり、約定の遅延損害金を一括して支払うべき債務を負担しているものと認められる。

しかして、債務者の遅延損害金債務の利率は、前記一1認定のとおり約定金利年一八パーセントがそのまま維持されており(金利がその後当事者間で減額変更された事情はうかがえず、他に右金利の変更をうかがわせるのに足る証拠はない。)、その遅滞の合計額は平成八年一〇月末現在で約一七億円に達するものと認められる(川辺・藤原鑑定別紙資料一一号。仮に金利を年一〇パーセントで計算すると一〇億円弱、年8.6パーセントで計算しても八億円強となる。)。債務者の営業利益は将来二億円から三億円強で推移することが見込まれる(同鑑定別紙資料一二号)が、右鑑定によっても債務者が前記未払金利を一括して弁済し得る状況にあるとはとうてい認めがたい。また、債務者の三和銀行に対する前記支払実績を考慮に入れても、右一括弁済の可能性を肯認するに足りない(前認定のとおり、債務者は三和銀行に対して平成九年一月以降毎月一〇〇〇万円を支払う旨態度を表明しているが、これによっても、債務者が本件貸金の遅延損害金を一括弁済し得る状況にあることの証左とみなすことはできない。)。

3  以上によると、債務者は、その営業の継続にもかかわらず、すでに長年にわたり多額の金利(遅延損害金)の支払を怠っている事実を否定できないのであり、債務者の負債総額(平成八年一〇月三一日現在の貸借対照表(河辺・藤原鑑定別紙資料八号)によれば債務者の負債総額は四〇億七〇〇〇万円余であり、このうち期限の利益を喪失して即時支払義務を負担する本件貸金債務の残元本額は一八億八〇〇〇万円である。)なども考慮すれば、すでに支払不能の常況にあるといわなければならない。かかる意味で、債務者には破産原因(支払不能)があるというべきである。

四  申立適格

債権者は本件貸金債権につき三和銀行に対して債権質を設定しているところ、債務者は、「現時点では三和銀行が本件貸金の質権を実行しており、取立権を行使しているから、本件破産申立はかかる質権者の取立権を侵害する行為というほかなく、許されない。」旨主張する。

なるほど、三和銀行が平成七年一二月以降債務者から毎月本件貸金の内入弁済を受け、これを元金に充当していることは先に認定したとおりである。しかしながら、このような債務者の内入弁済行為は、債権者による本件破産申立がその直接のきっかけをなしているものと推認されるのであり、三和銀行において右内入弁済を容認している姿勢そのものが「本件破産申立は質権者の取立権を侵害する行為ではない」ことを端的に表しているといえる(したがって、本件破産申立が質権者の意向を無視した違法な措置であるとはいまだ断定し難い。)。なお、本件記録上、三和銀行は本件貸金債権につき質権実行としての転付命令の申立をしているものではない。一般に、質権設定者は質入債権を消滅させる行為はできないが、当該債権の保存に必要な行為、たとえば消滅時効中断のための提訴(債権確認訴訟・給付訴訟)等は許されるのであり、破産申立についても同様に解するのが相当である。

以上によると、本件貸金債権の質権設定者である債権者には、本件破産申立の適格がないとはいえないというべきである(ちなみに、質権者である三和銀行が本件破産申立に明確な反対の意思を表明しているものでないことは、前認定のとおりである。)。その他、本件全資料によるも、本件破産申立が権利の濫用に当たると認めさせるに足る資料はない。

次に、債務者は、「債権者が本件破産申立を自己の債権回収の手段として利用している。」と縷々主張するが、すでに検討したとおり、債務者には本来的な破産原因(支払不能)が存するのであるから、右主張を採ることはできない。

以上の次第であって、債務者の主張は、いずれも採用できない。

五  結論

よって、本件申立は、理由があるから、破産法一二六条一項を適用して主文のとおり決定する。

なお、同法一四二条により左記のとおり定める。

1  破産管財人

北九州市小倉北区田町九番一号瀬口ビル二階

弁護士 田村一巳

2  債権届出期間 平成九年四月三〇日まで

3  第一回債権者集会期日及び債権調査期日

平成九年七月一〇日午後一時三〇分

(裁判官 榎下義康)

別紙即時抗告申立書<省略>

抗告理由補充書<省略>

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